ケルンからアムステルダムへ移動し、ゴッホ美術館で何気なしに展示を見ていると、ピータードイグの絵画が一点、最後の展示室にあったのは嬉しい驚きだった。
最後のフロアでゴッホに関連する画家としてゴーギャンやボナールの絵が展示されていたが、それを見てピータードイグの絵画がふと頭をよぎったのは、彼もまたその影響を大きく受けた一人であるからに他ならないからだろう。
Milky Way, 1990
チェルシー・カレッジ・オブ・アートのマスター過程在籍中に制作された作品。
Van Gogh inspiresという企画での期間限定の展示。
ドイグの絵画にはゴーギャン、ボナールといった後期印象派、あるいはナビ派の画家が用いた色面分割的な手法や、それに伴う筆致、色彩、構図などの影響が数多く見受けられる。
様々な既存イメージ(写真、ポストカード、新聞記事、映画のワンシーンなど)をソースとして用い、自身の記憶と混ぜ合わせ、再構築することで独自の心象風景を作り上げていくのが彼の絵画の大きな特徴だ。
また、ソースとなるメディアから写真的リアリティー、コンテキストを排除し、抽象的なイメージへと転化させることでより絵画的な画面を生み出している。
この絵にどことなく不穏な雰囲気が漂うのも、中心にホラー映画「13日の金曜日」のシーンから引用したカヌーに乗った少女が描かれているのが一因になっているからかもしれない。
モチーフの反復というのも彼の作品の大きな特徴でこの絵以外にもスケールを変えて同様にカヌーに乗った少女のイメージが描かれている。
Milky Way 細部、様々な筆致で描かれていることがわかる。
ピータードイグの絵画が日本で初めて紹介されたのは2006年、大阪の国立国際美術館で開催されたエッセンシャルペインティング展だったと思う。残念ながら当時その展示を見ることはできなかったが、渡独してから美術館のコレクションなどでピータードイグの絵画をみる機会が何度かあり、その中でもロンドンのテートモダンが所蔵するSki Jacket(1994年)はとても印象的だった。
ロンドン、テートモダンにあるSki jacket (右側) 1994年
日本のスキーリゾートの記事がモチーフとして使われている。
絵画自体の美しさはもちろん、何よりその非常に複雑に組まれた絵画構造(絵具の飛沫、厚く塗られた部分や薄く溶かれた絵具による偶発的な表情、何層にも重ねられた色面、大胆な筆致)その全てが渾然一体となり、絵画的強度をともなって魅惑的なイリュージョンを生み出している。
(ちなみにテートモダンのコレクションはテーマごとに展示室が分かれているため、「絵画とマスメディア」というテーマのもとで、リュック・タイマンス、マルレーヌ・デュマス、ヴィルヘルム・サスナルらの絵画と比較しながら見れるのも面白い。)
Sky jacket 細部
ドイグは昨年までデュッセルドルフ芸術アカデミーで教鞭をとっていたため、ドイツにも馴染みのあるペインターだが、ドイツには彼のようなペインタリーな具象絵画を描く作家は比較的少ない気がする。ただ、今の時代に「絵画の王道」で何十年も勝負しているのはやはりかっこいい。
2000年以降は比較的薄い塗りのペイティングが多くなってきて、近年の絵画ではまた新たな一面も見せつつある。
ゴッホ美術館、アムステルダム
『Van Gogh inspires Peter Doig』2018年3月9日〜9月23日まで
(ピーター・ドイグの絵画はMilky wayの一点のみ)