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ルドルフ・スティンゲル (Rudolf Stingel.1956~)|バイエラー財団 | MERZ

ルドルフ・スティンゲル (Rudolf Stingel.1956~)|バイエラー財団

Untitled,2014


イタリア、メラーノに生まれ、現在はニューヨークを拠点に活動しているコンセプチャルアーティスト、ルドルフ・スティンゲル。ニューヨークに移住した1980年代後半から絵画を軸とする数多くのコンセプチャルな作品を手がけ、2013年のヴェネチア、Palazzo Grassiでは会場全体をカーペットで覆った大規模なインスタレーションが大きな話題を呼んだ。今回は昨年スイス、バイエラー財団で開催されたルドルフ・スティンゲル展を取り上げたい。

A. まずいくつかの油性塗料チューブを取り出し、プラスチック容器に出します。
B. 色が調和するまで塗料を電動ミキサーでよく混ぜます。もし必要ならばテレピン油で薄めてください。
C. キャンバス大のガーゼを用意します。
D. 用意したガーゼをキャンバスの上に覆い被せます。
E. ガーゼが油性塗料に完全に付着するようにヘラでガーゼ上をこすります。
F. 塗料が入ったエアブラシでキャンバス上を右から左、左から右へキャンバス上部から下部にかけて均等に噴 射していきます。
G. ガーゼのはみ出した部分を持ち、そのまま静かにガーゼをキャンバスから完全に剥がしてください。


自身の抽象絵画のプロセスを写真とともに詳細に綴った1989年出版のアーティストブック『Instructions 』。
説明書きは6ヶ国語(日本語も)で書かれ、ここでは絵画の制作過程をまるで料理のレシピのごとく明け透けに公開している。この通りにすれば誰でも私の絵画が作れますと言わんばかりの態度は絵画における作者性、つまりはオリジナリティーの否定、嘲笑なのか。
スティンゲルが描いた元の絵画 (オリジナル)、そしてこの手引書によって描かれた絵画 (リプロダクション)というオリジナルとコピーの関係、また絵画の唯一性に対しての批評的な視点は彼の作品に通底する問題意識なのだろう。
最初の展示室で目にする作品はその手引書の画像を拡大化し、フォトリアリズムの手法で描いたペインティングだ。絵画の制作過程をアーティストブックへと置き換え、更にそこからもう一度絵画へ描きおこすという重層的なプロセスによって成り立っている。

Untitled, 2019
右の大きな作品ではスプレーガンでジャンバスの塗料を噴射するところが描かれている。


こうしたスティンゲルのアプローチはゲルハルト・リヒター以後のポストモダン絵画の流れを汲んでいると言ってもいい。モダニズムの対概念として80年代に流行したポストモダニズム。スティンゲル作品を読み解いていくには下記の文章がわかりやすいと思うのでここで引用したい。

グリーンバーグはモダニズムとは何よりも自己批判であり、媒体特有の特性を生かして、その特性を純化させることだと捉え、抽象表現主義を称揚した。発展・進歩という直線的な時間軸に基づく、「作者」や「独創性」あるいは「美」などの、モダニズムが前提としてきた概念自体を問い質すのがポストモダニズムなのだ。
…….ジャン・ボードリヤールらの唱える「シュミラークル」にこそ、ポストモダニズムの芸術の本質はある。それはモダニズムが重要視する、真正なるオリジナルという概念を転覆する。というのも、オリジナルの対立項がコピーとは言えなくなるからだ。例えばシンディ・シャーマンなど、写真を媒体とする80年代に台頭した多くの芸術家の活動がその意味で重要だと言えよう。

参照:『現代美術を知るクリティカル・ワーズ』暮沢剛巳 編

ここでシンディー・シャーマンが取り上げられているように写真媒体で上記のような傾向のアーティストが数多く台頭した。絵画ではここにスティンゲルを当てはめることもできるだろう。(シャーマンが54年生まれなのでほぼ同世代、ジェフ・クーンズなどもいるが、そのあたりの動向とも違うので、やはりリヒターとの比較がわかりやすい。)
リヒターはフォトペインティングをはじめとしたレディメイド絵画で絵画におけるポストモダンの地平を切り開いてきたが、そこから更に戦略的、言語的に従来の絵画の枠組みを拡張しようとしたのがスティンゲルではないかと思う。

Untitled, 1992-2019


二つめの展示室では「絵画の拡張」というスティンゲルの関心をわかりやすく示している。
展示室の壁一面に敷かれたオレンジ色のカーペット。1991年にニューヨークのギャラリーで発表された作品(当時の展示では何もないホワイトキューブ空間の床にこのカーペットが敷かれていたそう)が、今回の展示では壁面にカーペットを糊付けすることで、より絵画的な様相を呈している。これを「絵画」と見做すかどうかという問題もあるが、スティンゲルの試みはそうした従来の絵画観の解体、何をもって絵画と規定するのかという問題提起に端を発しているようだ。
ここでは鑑賞者はカーペットを自由に触ることができ、触れた痕跡は表面のイメージとなって刻々と変化していく。この作品においてスティンゲルは自身の主体性を放棄し、他者を介入させることで「描かない絵画」を実践している。

Untitled, 1999


オレンジカーペットの向かいの発泡スチロールを素材とした作品。鋭利な道具によって削り取られた跡が、絵画であるとともに彫刻的なダイナミズムを作品に付与している。この展示にはなかったが、足に溶剤をつけて発泡スチロールの上を歩き、その足跡がイメージとして残るという作品も。こうした「痕跡」は他の作品にも見られるように、スティンゲル作品において重要な役割を果たしている。

Untitled, 2012


セラピ絨毯(19世紀にサラブで製作されたとされる絨毯(ペルシャ絨毯)をモチーフとしたシリーズ。
油彩とエナメル塗料で描かれたこのシリーズでは複数枚のキャンバスに同様のモチーフが描かれ、微妙なバリエーションの差異が一点では得がたい相乗効果を生んでいる。スティンゲルの多くの絵画作品はこのように一点の絵画としてみせるというよりも絵画間の相互作用を狙ったシリーズ作品が多数を占める。

言語操作に終始することなく、絵画としての強度も兼ね備えているのもスティンゲル作品の魅力。

Untitled, 2013

動物写真が載ったドイツの中古カレンダーの一枚を忠実に絵画化した作品。同様にフクロウ、キツツキ、イノシシなどアルプスの環境下に生息する動物のポートレートもシリーズとして描いている。(今回の展示ではこの一点のみ)

Untitled, 2010


展示室の四方の壁面には巨大なペインティングが4点。アルプスの山頂を描いたペインティングではフォトペインティングの上からエイジング処理したような絵具の汚れ、シミがうかがえ、長い月日を経た時間の積層を感じさせる。こうした表面の汚れ、シミは意図的につけられたのではなく、既に完成した作品をアトリエの床に長期間置き、その間の作業による絵具の飛沫など、日々の偶発的な痕跡が積み重なった結果だという。
完璧にコントロールされたアルプスのイメージは絵画として凡庸なモチーフであるが南チロル出身のスティンゲルにとっては懐かしい過去の記憶でもある。日常の痕跡と過去の記憶、写実と抽象、必然性と偶然性が画面上で入り混じり、絵画的強度を伴ったノスタルジックな絵画へと結実している。


金色の地に同様のプロセスを踏んで生成されたペインティング。一見ポロックのドリッピング絵画のようにも見えるが、画面上からは足跡、缶を置いた跡や絵具の飛沫など多種多様な「痕跡」が見て取れる。
カーペットの作品で鑑賞者というコントロール不可の偶然性を介在させたように、これらのペインティングでも絵画の生成過程に言及するような時間、偶然性といった要素を絵画に組み込んでいる。

Untitled (Sarouk), 2019


最後の展示室に入ると空間全体をペルシャ模様の絨毯で覆ったサイトスペシフィックなインスタレーションが鑑賞者を出迎える。絵画へと変容したレゾン・ピアノ設計の美しい建築空間。
虚空を見つめるスティンゲルのポートレートは映画の登場人物さながら。画面のサイズ感も相まって、まるで映画館のスクリーンと対峙しているような感覚を覚える。

Untitled(After Sam), 2016
タイトルにAfter Samとあるように写真家のSam Samoreが撮った写真をもとに描いている。


フォトリアリズムの手法で描いた絵画はリヒターのフォトペインティングを想起させるが、近くで観てみると描き方が異なることがよくわかる。リヒターの絵画は刷毛で表面をなでるスフマート技法によってイメージの輪郭をぼかしているが、スティンゲルの場合は絵具を画面になすりつけるように、筆跡を意図的に残すような描き方をしている。絵肌に残る絵具の凹凸はデジタル画像のピクセルに擬態するかのごとく、映像的な印象をみる者に与える。

Untitled, 2009
ポートレートの向かい、スティンゲルの足跡をアルミニウムで鋳造した作品



アルミニウムを張った断熱材の壁面とカタログを置いたテーブル。ここでも鑑賞者は自由に自身の痕跡を残すことができる。これら「オリジナル」の壁面は後にしばしば断片に分けて複製、鋳造され、スティンゲルのオリジナル作品へと昇華される。(例えばサムネイル『Untitled,2014』などがそう。)
こうしたオリジナルとコピーを撹乱させる言語的な操作はまさにスティンゲルの真骨頂であり、ポストモダン的な試みと言えるだろう。

このあたりの作品のグラフィティーとの関連性も興味深い

ちなみにルドルフ・スティンゲルの出身地、メラーノは旧オーストリア領ということもあり、ドイツ語話者が半数を占める。バイエラー財団の対談動画もすべてドイツ語での会話。(イタリア語も話す)
作品のアプローチにどこかドイツらしさを感じるのもそのためかもしれない。


ルドルフ・スティンゲル展
場所:バイエラー財団/ Fondation Beyeler (スイス/バーゼル)
期間:2019年5月26日〜10月6日(会期終了)
https://www.fondationbeyeler.ch/stingel/

バイエラー財団はモネの睡蓮やゲルハルト・リヒター、ピーター・ドイグにティルマンスなど近現代のコレクションも充実していて企画展も毎回注目度が高い。バーゼルに行った際は必見。

Nami
2015よりドイツ在住。現在はドイツの美大に在学中。 主に絵画のことについて。